今回のテーマは「ヘッダービディング」です。以前AppNexus社のブログよりヘッダービディングの解説をしましたが、現在も日本で話題が絶えません。今回はヘッダービディングが生まれた背景と基本的なヘッダービディングの仕組みを解説し、実際にヘッダービディングを利用しているメディアの方にも取材をしてみました。
ヘッダービディング登場の背景
ヘッダービディングは「ヘッダー入札」とも呼ばれ、専用タグをWebサイトのHTMLに設置し、通常用いているアドサーバーへの広告リクエストより先にヘッダービディング用サーバーに広告リクエストを行って高単価な広告を決定し、その広告を通常のアドサーバー内にある広告と競わせて単価が高いほうの広告を配信する仕組みのことを指します。
このヘッダービディングが登場した背景は2つあります。1つ目は、海外のパブリッシャーの多くがGoogle社が提供するアドサーバーのDFP(DoubleClick for Publisher)を利用しているという実態です。広告配信をいち事業者で行うことは、広告配信コントロールの独占を招くのでDFP配下ではない広告配信を行いたいとSSPやアドエクスチェンジ事業者が声を上げました。2つ目は、「ウォーターフォール」型の広告配信における広告配信遅延(レイテンシー)の問題です。
まず、1つ目の背景である広告配信のコントロールを1社で行うことは、タグの管理のしやすさや、レポーティングのしやすさなどのメリットもあります。しかし1事業者に頼り切ってしまうことで何かの要因でネットワークが止まった場合や価格が大幅に下落した場合、すぐに対処することができなくなります。そこで複数のネットワークを対等に接続することで、DFPで思ったようなネットワークの配信ができなかったときのリスクを回避することができ、かつ複数のネットワークによって価格競争が生まれ、より高い単価で配信できる可能性があります。
そして現状のDFPへの広告配信依存を打破するため、待ったをかけたのがSSPやアドエクスチェンジを提供するプラットフォーマーです。具体的にはAppNexus、OpenX、Rubicon Project、Pubmaticなどの事業者です。もちろん、上記のような理由だけでヘッダービディングを開始したわけではありません。どの事業者も、広告のファーストリクエストがほしい(=広告枠の情報をいち早くキャッチし、高単価な広告を早く配信したい)という思惑でヘッダービディングは始まりました。
2つ目の背景である「ウォーターフォール」について詳しく解説していきます。現在主流の広告配信は、「ウォータフォール」方式とも呼ばれ、予めアドサーバー内で決めておいた順番に広告配信を行うように設定しています。
ウォーターフォールの仕組みを簡単に解説します。パブリッシャーは広告の配信設定を行う際に、複数の事業者から単価が高い案件を配信するために、各ネットワークごとにフロアプライスの価格に段階をつけます。たとえば「純広告>プライベートオークション>SSP1>SSP2>SSP3」のように決めて、その順番に沿って広告のリクエストを送り、フロアプライス以上で最初に引き当たったプラットフォームから広告が配信されます。
このウォータフォールの何が問題なのでしょうか。SSPごとにフロアプライスに段階をつけるため、SSP1が50円というフロアプライスをひいて広告が引き当たらなかったら、SSP2という40円のフロアプライスを引いたプラットーフォームに広告リクエストを再度送れば良いのです。ここには2つの問題があります。
1つ目の問題は、SSP1とSSP2は完全に別の企業のプラットフォームなので、あるタイミングではSSP2のほうが高い単価の広告在庫を持っている場合があってもリアルタイムにそれを把握することができません。(ましてやリアルタイムに分かったとしても、いちいち広告JSタグの設定を変えることはできません)例えば、SSP1が50円で配信を行った広告枠が、SSP2では実は100円で配信できたかもしれない、というような機会損失が発生しかねないのです。
2つ目の問題は、レイテンシーと呼ばれる広告配信遅延の問題です。複数のSSPを接続してフロアプライスの段階を細かくすればするほど、配信する広告が決定されるまでに時間がかかり、画面に広告が表示されるのが遅くなります。
それでは従来の広告取引の流れとヘッダービディングの流れの違いを見ていきましょう。
従来の広告配信とヘッダービディングを用いた広告配信の違い
従来の広告配信とヘッダービディングを用いた広告配信の違いを図を見ながら解説していきます。
従来の広告配信
ヘッダービディングを用いた広告配信
ヘッダービディングは広告配信サーバー(ここではDFPを例として用います)よりも先に行われます。具体的には、WebサイトのHTML内にヘッダービディング用タグを設置し、ヘッダービディングタグに予め設定してあったSSPやアドエクスチェンジに一斉に広告リクエストを送ります。この”一斉に送る”という部分が鍵です。ここでもA>B>Cのように序列をつけてしまってはウォーターフォールになってしまいます。補足ですが、ヘッダービディングで1社しか利用しない場合もあるため、その場合の広告リクエストはヘッダービディング用タグを用意したSSPやアドエクスチェンジにのみ広告リクエストが飛びます。
2番目の図ではB社が価格競争に勝ったので、B社の価格がDFPに送られます。ここで、DFP内で設定されている一番優先順位の高い広告(ここではDoubleClick Ad Exchangeを例として用います)と価格の比較が行われ、価格の高いほうがWebサイトに配信されます。
ヘッダービディングを利用したメディアのメリットは2つあります。
1つ目のメリットは、ヘッダービディング用サーバー内で、SSPやアドエクスチェンジに優先順位をつけずに価格競争を行うことができるため、プラットフォームによる純粋な価格競争が行える点です。
2つ目のメリットは、SSP・アドエクスチェンジとDoubleClick Ad Exchangeで価格競争をさせることができる点です。(DoubleClick Ad Exchangeにはファーストリクエストを送らなければならないルールがあるため、通常DFPの中でのDoubleClick Ad Exchangeの優先順位は一番上になり、その他の広告はDoubleClick Ad Exchangeの広告が無かった場合のみ配信できます)
よって、メディアは広告の単価が高いものを優先的に配信することが可能です。
ヘッダービディングを始める前に知っておくこと
ここまで、ヘッダービディングの仕組みとその利点を紹介しましたが、欠点も存在します。
1つ目の欠点は、ヘッダービディングの導入・運用コストが高い点です。ヘッダービディングの導入には広告配信の仕組みの知識を持ったディレクターやエンジニアが必要になり、かつ導入までに数ヶ月かかる場合もあります。
2つ目の欠点は、広告のオークションを複数回行うことはウォーターフォールと同様のため、ヘッダービディングの設計の仕方によっては、よりレイテンシーの問題を悪化させる可能性があるという点です。昨年から新たにサーバー間通信(S2S)のソリューションがヘッダービディングのレイテンシー対策として登場していますが、ヘッダービディングと同様に、日本市場ではまだ普及には至っていません。
導入コストの面に関しては、解決策として、ヘッダービディングを提供している企業が専任のエンジニアを用意しパブリッシャーサポートをしたり、運用を自動化する機能を備えたり、導入手順のドキュメントを充実させたりと今も奮闘しています。
また、このようなSSPやアドエクスチェンジの動きを受けてGoogleも新しい動きを見せています。それがExchange Biddingです。現在は非公式的に行われているDFP内のDoubleClick Ad Exchangeとヘッダービディングで決定したプラットフォームの広告との競争を、Googleが公式的に開始するということです。このExchange Biddingは現時点では発表はされているものの開始の合図はありません。しかし、このExchange Biddingが始まった場合、DFPを運用している企業は新たにヘッダービディングを導入するコストを抑えられる可能性もあり注目が集まっています。
国内のヘッダービディングソリューション提供事業者(アルファベット順)
- AOL HEADER BIDDING SOLUTION
- DAC FlexOne® HARRIER
- OpenX OpenX Bidder
- Pubmatic Decision Manager
- Rubicon Project FASTLANE
ヘッダービディングを導入したメディアさまに突撃取材!
では、実際にヘッダービディングを導入したメディアは、ヘッダービディングを導入する際にどのようなことを考え、実際に運用を始めたのでしょうか。今回はfluct社でお付き合いのある大手メディアの広告運用責任者の方に取材を行いました。
ヘッダービディングを知ったきっかけはなんですか
きっかけは2015年ごろに海外で「ヘッダービディング」というものが流行り始めているというのを聞いたことです。弊社メディアの広告運用方針として、何か新しいソリューションを導入する際に成功例があろうとなかろうと、まずは試してみて良し悪しを見極めよう、という風潮があります。そこで、ヘッダービディングを国内で提供している企業数社に連絡を取り、それぞれのSSP、アドエクスチェンジ事業者が提供するヘッダービディングについて説明してもらいました。
なぜヘッダービディングを導入したのですか
弊社はアドサーバーとしてDFPを運用しているのですが、その中で2つのニーズがありました。
1つ目はGoogleのネットワークと競合するネットワークを作り、マネタイズを1社に依存する体制を変えたい、というニーズです。もしDFP内で配信されているDoubleClick Ad ExchangeやAdSenseに障害や価格の下落が起きた場合に、メディア側で代替する別ネットワークを用意しておくことでリスクを抑えたかったのです。
2つ目は、Googleに他社ネットワークから金額的なプレッシャーをかけ、より高値で広告枠を売りたいということです。これはどういうことかというと、Google社が提供するアドサーバー(DFP)の中で更にDoubleClick Ad ExchangeというGoogle社が提供しているアドネットワークを配信しているので、そこで決められた価格が本当に適正か、という判断がメディアサイドでできないということです。そこで、DoubleClick Ad Exchangeと競合する別のネットワークを用意することで価格競争が起こり、より高値で広告枠を販売することが可能になります。
このような弊社のニーズにヘッダービディングがマッチしていることが分かり、本格的に導入することになりました。
どのヘッダービディングソリューションを導入していますか
OpenXです。OpenXに決めた理由は2つあります。OpenXで接続されているDSPの接続数が自社調査の結果多かったことと、ヘッダービディングの設定を容易に行うための社内専用の管理画面が備わっていたことです。
社内管理画面はOpenX独自のもので、実装に際して、OpenX側で専用の社内管理画面を利用して設定を行うので、メディア側で大幅に手を動かさず実装できる環境が用意されています。これも大きな決め手だと思っています。
導入に際し苦労したことはありますか
よくヘッダービディングは導入や運用が大変だと耳にします。実際に導入を進めてみて、自社メディアに合う仕様を決めたり、社内のエンジニアが時間をかけて設計を行う必要があるので、JavaScriptタグをサイトに貼って終わり、といった簡単なものではないことは確かです。また、導入や運用に多くの工数がかかるにも関わらず、運用を開始するまで売上がどの程度アップするのかも予測できません。
しかし、物事をネガティブに捉えると新しいことにチャレンジするのが困難でもあるので、そういう時こそプラットフォーマーと相談することをお勧めします。弊社においては、初期の実装において対応工数が割けない旨を各プラットフォーマーと協議した結果、OpenXが最も初期導入ハードルが低かったので、テストの意味も含めて利用させて頂きました。結果的に導入前は苦労するだろうと想定していたものの、プラットフォーマーとの協議により解消されていったので、導入に際して苦労はありませんでした。
まとめ
- ヘッダービディングとは、ヘッダービディング用タグをWebサイトのHTMLに設置し、通常用いているアドサーバーへの広告リクエストよりも先にヘッダービディング用サーバーに広告リクエストを行って高単価な広告を決定し、その広告を通常のアドサーバー内にある広告と競わせ、単価が高いほうの広告を配信する仕組みのこと
- ヘッダービディングが登場した背景には、パブリッシャーの多くがDFPを利用しているという実態や、ウォーターフォール式の広告配信の課題があり、SSP・アドエクスチェンジ事業者がヘッダービディングを開発した
- ヘッダービディングによってDoubleClick Ad Exchangeと対等な価格競争相手ができ、メディアにとってより高い広告を配信できるようになったが、導入ハードルが高いという課題やソリューションそのものの課題も存在する
- ヘッダービディングにはメリットもあるがデメリットも存在するため、導入に際し、自社メディアにどういった実装が最適なのか、ヘッダービディング以外のソリューションも含め十分に検討する必要がある