アプリソリューション本部コンサルタントのはなしーこと花島です!今回は大人気キーボードアプリ『flick』を運営されているIO株式会社さまに運用の秘訣についてお伺いしました。
お話を伺ったのは……
IO株式会社 代表取締役
石本光明氏
flickとはAndroidおよびiOS向けのキーボードアプリです。
200万種の顔文字やアスキーアートが登録されているので、人気の顔文字を選んで簡単に使うだけでなく、自分が使う顔文字を集めてお気に入り登録できます!キーボードの背景には好きな画像や動画を設定でき、自分流にカスタマイズもできます。文脈に合わせて漢字変換してくれる賢いAI変換機能もとても便利です!
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自己紹介
ーー自己紹介と御社の事業内容について教えてください
石本さん:IO株式会社代表取締役の石本です。キーボードアプリ『flick』の開発・運営を行っています。開発は主にGithubやSlackを使ってリモートワークで行っています。
前職はmixiで新規事業に携わっていました。mixiのSNSとは別の新しいサービスを作るチームでAndroidアプリの開発を担当していました。
その前は、ヘルス系(健康情報の発信など) ITベンチャーのCTOで、iOSアプリの開発も併せて担当していました。さらにその前もITベンチャーでWebサービスのフロントエンド・バックエンドの開発を担当していました。
アプリの紹介と誕生秘話
ーー幅広いご経歴ですね……!会社立ち上げのきっかけを教えてください!
石本さん:ベンチャー企業にいた時から社内コミュニケーションをとりやすいように顔文字を使っていたことがきっかけです。個人で使っていたものを自分でデータベースに貯めていく中で、個人開発者として顔文字アプリを2010年くらいにリリースしました。
前職(mixi)を2012年に退職した後しばらく個人事業主をしていて、Android版の『flick』をリリースしたのが会社を辞めてから1年ぐらい後の2013年4月末です。flickのダウンロード数が順調に推移し軌道に乗りはじめたところで、2013年10月に一大決心し会社を設立しました。
ーーキーボードアプリの開発での障壁は何だとお考えでしょうか?
石本さん:開発自体の難易度が高いことでしょうか。動作環境にも厳しい条件が求められます。またリリース後も常に改善が必要になります。例えば、変換辞書の更新でしょうか。そこは日々戦いですね。
キーボードアプリ単体で使われることはなくて、「SNS」や「メモ帳」などメイン画面で起動しているアプリが別にあって、その文字入力に使うので、メモリなどのリソースを多く使ってしまうとメインで起動しているアプリの動作に悪い影響を与えてしまいます。
そこでアプリ内部の変換辞書に含める語彙は、TwitterなどのWebサイトからテキストを取得して、膨大なデータから使われている単語をカウントし取捨選択することでリソースの消費を抑えています。
アーティストさんの名前など人気の方を変換辞書に追加したりするのですが、流行り廃りがあるものは対象のデータの範囲によって結果が左右されてしまうので難しいですね。
ーーありますよね!私が知人に言われはっとしたのが「いえもん」です。私はお茶の「伊右衛門」だと思ったのですが、その方はアーティストの「THE YELLOW MONKEY」だと(笑)
石本さん:なるほど(笑)
石本さん:当初はウィキペディアのデータからカウントして単語の取捨選択をしていました。しかし単純にカウントしただけだと「関連リンク」や「メニュー」といった不要なものが含まれてしまうので、それらを除外する処理などを開発フローに落とし込むまで試行錯誤がありました。
またユーザーからの変換辞書への追加の要望もありましたが、一つずつ公平に対応するのが難しく……。
要望があった際に一般的に使用されている言葉であれば追加しますが、その人しか使わないような言葉は追加しません。問い合わせで「使用頻度が高いのでお願いします」と言われた言葉が、かなりニッチで限られた人しか使っていないことなんかもありました。
なるべく「みんなに使いやすく」を意識して開発しています。
ーーありがとうございます!次にアプリについて教えてください!
石本さん:変換エンジンにはGoogle日本語入力のオープンソース版であるMozc(モズク)※をカスタマイズして使っています。
まず2013年にAndroid版のflickをリリースしました。2014年の秋にiOS8がリリースされると、iPhone・iPadでもサードパーティ製キーボードに変えられるようになり、そのタイミングでiOS版のflickをリリースしました。それまでiOSユーザーはみんな標準のキーボードを使っていて顔文字がほとんど出せませんでした。
※Mozc(モズク)とは、Googleが開発した日本語入力システム(IME)のオープンソース版の名称です。変換辞書の豊富な語彙とそのファイルの小ささが特徴です。
ーー昔って電話帳に登録されていたような・・?私いまだに名残で登録されています!
石本さん:そうです。それまでは電話帳とかに登録する形が多かったです。そこからキーボードを変えられるようになり幅が広がりました。
そういった状況もあり、iOSでは他のサードパーティ製キーボードではなく標準キーボードからflickに乗り換えるユーザーが最も多いようです。一方、Androidでは会社(機種)によってキーボードが違ったので古くから様々なキーボードアプリが使われてきましたね。
顔文字とアスキーアートを魅力として打ち出していますが、それ以外にもAIを使った変換にも取り組んでいて、多くのメディアさんに取り上げていただきました。例えば、「りんご」って入力されると「食べる」という変換がでてきたりする機能です。
ーーアプリのダウンロード(DL)数について教えてください!
石本さん:両OS合算で500万DLほどです。
以前数字が跳ねたものですと、2016年7月にキーボードの背景を動画にできる機能をリリースしたのですが、結構反応良かったですね。その時はユーティリティ※のカテゴリのランキングで2位とか3位とかになっていました。
※ユーティリティ:スマホを使いやすく快適にしてくれるアプリの事。ユーティリティとは日本語で「役に立つ」「実用性がある」という意味。
他にも、2018年2月にキーボードのキーごとに画像をはめ込んでカスタマイズできる機能をリリースしたのですが、他社に真似されるくらい好評でした。多くの方がカスタマイズしたキーボードのスクリーンショットをTwitterでシェアしていました。
最近話題になったものでは、2019年12月にV系バンド好きの開発者の要望で、変換機能でV系バンドの名前を追加したのがバズりました。
ーーちなみに石本さんの趣味に特化したものはあるのでしょうか?
石本さん:私の趣味を変換辞書に反映させることはあまりないですね。でも映画が好きなので見た俳優の名前が変換できるかはたまにチェックしています(笑)
開発体制と開発の流れ
ーーありがとうございます!次に開発体制と開発の流れについてお聞かせください!
石本さん:AndroidおよびiOSのクライアントアプリの開発は私が行なっています。それぞれのアプリ内部にある変換辞書はデータマイニングを専門とするエンジニアが開発しています。この変換辞書は簡単に表現するとひらがなと漢字がペアになったもので、ユーザーが入力したひらがなを漢字に変換するためのものです。その他にも大きな開発がある時には元同僚のエンジニアが手伝ってくれることもあります。
iOS版の開発の際、MozcにはiOS版がないためAndroid版のプログラムを移植する必要がありました。Java※で書かれた20万行近いコードを全てSwift※に変換する作業が必要でした。この作業にだいたい2か月ぐらいかかり、本当に動くようにできるのかといった不安の中で、やっとiPhoneシミュレーター上でflickが動くようになった時は感動しました。
※Javaとは、プログラミング言語の一つで、汎用性が高くweb・アプリ問わず開発が可能です。
※Swift(スウィフト)とは、Apple社が作った新しいプログラミング言語。iOSやMacのアプリケーションはすべてSwiftで開発できるため幅広く使われています。
2014年の9月にiOS8が公開される前後に、iOS版もリリースして欲しいとよく言われましたが、先が見えない状況だったのでなんて答えたらいいか迷いましたね(笑)
ーー開発の中で苦労したところから得た学びがあれば教えてください!
石本さん:割と苦労がそのまま残っています(笑)
キーボードアプリの開発には幅広い知識が必要になるので、エンジニアとして学びは非常に多いと思います。複数の開発言語に関する知識だけでなく、クライアントアプリ側の開発の知識、サーバー側の開発の知識、自然言語処理※の知識といったものが求められます。その他にもキーボードアプリ開発は、OSによって異なったAPIや制限の影響を強く受けるので、プラットフォームに関する知識も求められます。
※自然言語処理とは、人間が日常的に使っている自然言語をコンピュータに処理させる一連の技術のこと。機械に文章を解析させ文脈などによる意味の違いを読み解かせます。
特にiOS環境では多くの苦労がありました。アプリの起動に使うことができる時間に制限があるのですが、キーボードアプリでは一般的なアプリよりも厳しく設定されています。この制限を超えてしまうとキーボードアプリが落ちてしまうため、無駄な処理を省いたりする苦労がすごく多かったです。
ライブラリを多く使っているとこの制限時間の壁にぶつかります。デメリットもありますがライブラリを静的に組み込むようにすると、起動時間をある程度短縮できます。オブジェクトの初期化が重い場合は遅延して行うことで起動時の処理を軽減できますし、例えば広告だったら表示されるようなアクションが起こりにくいと分かっている時に、必要になるまで広告に関する処理を行わないことでリソースを節約することができます。
ーー多くのご苦労があったのですね。ありがとうございます……!
ユーティリティアプリの3つの人気の秘訣とは?
- 「評価4.2★4!低評価はアプリ内で解決を!」 – レビュー高評価のための早期振り分けシステム
- 「200万からおすすめをセレクト!」 – 人気顔文字のサジェスト
- 「機種変離脱を防ぐ」 – OSの仕様を揃えて機種変更時の混乱を減らす
レビュー高評価のための早期振り分けシステム
石本さん:アップデート時に評価を促すダイアログはレビューの高評価につながっているのかなと思います。OS標準のものを使うとストアに反映されるので、まずは独自のものを表示してアプリ上で評価を確認し、評価の低い方を発見したら不満な点を詳しく聞く良い機会ですので、お問い合わせに来ていただくようにしています。逆に評価が高い方はストアに行っていただきます。
石本さん:当初はレビューに返信できなかったのですが、現在はレビューに返信を書くことができますので、こまめに返信しています。AppStoreではだいたい返信率95%くらいでしょうか。
お問い合わせの8割は予め用意したマニュアルですぐに回答できるものです。ただ残りの1~2割は考えたり調査したりしてから返信する必要があるので、とても時間がかかります。不具合報告では、個人の利用環境やキーボードの変換学習データに起因する不具合もあるので考えなければいけないことが多く、時間がかかります。
人気顔文字のサジェスト
石本さん:顔文字のサジェストを行なっていて、例えば最もアクセスの増える年末年始には「あけおめ」の顔文字を集めてコーナー化しています。
顔文字のデータは200万以上あってユーザーが見つけられない可能性があるので、イベントなどに合わせて使えそうなものをサジェストしています。「人気」は直近でよく使われている顔文字が表示されます。「おすすめ」は顔文字の検索に基づいて算出しています。
もっともアクセスが多いのが、「あけおめメール」を送る12月31日の夜から1月1日なので、そのタイミングは毎年PCの前で監視しています。
また、去年ですとラグビーなど話題のスポーツの試合で決着がついた時にアクセスが集中しました。
時間帯で伸びるのが上の2つなのですが、時期によっての伸びはまだあって、4月はエイプリルフール、5月はゴールでインウィークなど毎月イベントあるので、その度にアクセスが伸びます。
OSの仕様を揃えて機種変更時の混乱を減らす
石本さん:Android→iOSにした人からこの機能はないの?というお問い合わせもよくあります。プラットフォーム毎にサポートの状況が違うので、全く同じ機能を提供できないこともあるのですが、機種変更した人が困惑しないように可能な限り両OSで仕様を同じにすることは意識しています。
開発時の苦労話・こだわりポイント
ーー手を掛けて工夫しているところとその理由を教えてください!
石本さん:通常の文字入力を快適にする、ハイパフォーマンスをキープすることです。
一般的にキーボードアプリは普通のアプリよりも存在を意識しないものですが、動作が重い、入力できない、強制終了してしまうなどの不具合は致命的な問題となってしまうので細心の注意を払っています。さらに上記にプラスして面白いものを提供していくことを考えています。
ーー施策とマネタイズについてお伺いできますでしょうか?
石本さん:App Storeの「Apple Search Ads」とGooglePlay Storeの「検索広告」を利用しています。
また、最近だと VTuber さんが一番大きかったです。こちらは依頼しました。たまにVTuber さんから声をかけていただくこともあります。口コミしていただくなど反応はよかったですね!
YouTuber さんにも依頼したこともあります。
ーー課金マネタイズ、広告マネタイズ手法について教えてください!
石本さん:広告が95%:課金は5%いかないぐらいです。
広告はアプリ内でキーボードの着せ替えを設定するタイミングで「動画インタースティシャル広告」やバナーを表示しています。
単価が上下変動するたびにアップデートをしたくなくて、各アドネットワークを独自に切り替えられるようにしています。
メモリーの使用量も気にしています。できれば10MB切ると嬉しいですね。
ーー制作費の総額とその回収はできていますか?
石本さん:ギリギリです。キーボードアプリはマネタイズが難しいと思っています。別のキーボードアプリを作っている方もマネタイズについては悩んでいました。
幸い『flick』は背景設定時に広告を出せる画面があるのでなんとかという感じです。
今後の展開・最後に
石本さん:漠然としていますが、ソフトウェアキーボードはあまり進化、変化していないので大きな変化を与えることができるようにしたいです。2020年内にはやりたいと思っています。
ーー最後に一言おねがいします!
石本さん:ユーザーがレスポンスをくれるのは日々ありがたいと思っています。この記事を見てご意見がありましたら、良い評価も悪い評価も遠慮せずにいただけると嬉しいです。
石本さま、ありがとうございます!
無料で、全てのユーザーにとって使いやすい!を考えた『flick』の開発についてお伺いしました。何気なく使っているキーボードアプリですが、
- 「予測変換でスムーズに入力できて」
- 「可愛い顔文字がたくさんあって」
- 「どんなアプリとでもサクサク動いて」
- 「機種変してもずっと使える」
という、”ユーザーの考える普通”の裏側にはこんな開発の苦労があったことを知りました。私自身も技術面が疎く、とても勉強になりました。
これからもユーザーの意見を踏まえ、素敵な開発を進めていかれる『flick』をみなさまぜひ使ってみてください!